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アイルランドのごはん。
「フランス存在日記」のCOCOさんのところで、イモ好きなニコラさんの話題があったので思い出しまして。。。。



アイルランドはコーク市内の花屋で働いていたパシリーは毎日の昼食を市内にあるいろんな所でとっていましたが、ある日「パブ」のランチにしようと思い立ち、とってもよくある普通のパブに出かけました。



パシリーはたしか「サラダとチキンのグリル」か何かを付け合せの「チップス」(フライドポテト)と一緒に食べていました。



で、ふと隣のテーブルを見ると若いお兄ちゃんが黙々と食べていたのは「マッシュポテト」に「チップス」、に「ベイクドポテト」それにサラダをつけたプレート!

「そんなのアリ?」と思いメニューを見ると。。。

ちゃんとメニューにあった!

もしかして、ベジタリアンなのかもしれないけれどそれにしてもこのメニューはすごいよねー。びっくりして、当時一緒に暮らしていたパシリー夫に「すごいもの発見したよー!」と教えてあげたものです。。。





ついでに、



アイルランドにいた頃の最初の3ヶ月(語学学校に行っていた頃)をホストファミリー宅ですごしたときの事。



2軒のお家にお世話になりましたが、その時の食事内容は。。。



朝、超薄切り(ここポイント!)のトースト用パンをトースト+バターにジャム(オレンジ・マーマレードが主流)。

それに、「コーンフレーク」+ミルク。

小さなグラスに1杯の「オレンジジュース」。

そして、「紅茶」。(アイリッシュ・バーリーズティー!)



まあ、これはヨーロッパなら似たようなものかもしれませんね。。。

フランスは「コーヒー」派が多いと思うけど。



で、昼はパブで軽くサンドイッチ。



夜は。。。「ポテト」+メインのおかず。



ほぼ、毎日「ポテト」でした。「チップス」(フライドポテト)か「マッシュドポテト」、「茹でたポテト」、アルミホイルで包んでオーブンで焼いた「ベイクドポテト」などなど毎日、日替わり!



週に1度「パスタの日」と「ライスの日」があったのだけどそれは外国からの学生の為だったようで、アイリッシュ家族だけなら毎日ジャガイモもありだったようです。



パシリーの滞在した2家庭はこんな感じでしたが、パシリー夫が滞在したお宅は「学生用に。。。」なんて気の利いたことはなく「毎日ポテト」だったそうです。



ある日、学校から戻った夫はホストマザーに「わー、珍しい!今日はポテト料理?」と嫌味を多いに込めて言ったそうです。

で、次の日は「パスタ」!(最初で最後の)



で、あくる日からはまた毎日「ポテト」だったそうなー。

伝統的アイリッシュの家庭だったようですね。





仕事をしていた時の同僚には昼食は毎日「チップス」のみ。の女の子もいました。



そして彼らに「いつもポテトで飽きない?」と聞くと「全然!だってポテトだーい好き!ほんとに毎日食べたくなるの!」といっておりました。



まあ、日本人も毎日「米」が伝統食ですから似たようなものかもしれませんが。。。
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なつかしのアイルランド。
先週の金曜日ですが、フランスの長寿番組「タラサ」(世界中の海をテーマにした番組)という番組でパシリー達がアイルランドで暮らしていた町「キンセール」を取り上げていました。

アイルランドとしか予告で言わなかったのでまさかあの懐かしのキンセールが紹介されるとは思っていなかったのですが、長女がアイルランド生まれなのもあって、夜9時からの番組なのに子供も一緒に見ていました。



「あれ?ちょとー、キンセールじゃない?」という夫。パシリーは「あ、あの店。キンセールだよ。」とふたりで大盛り上がり!子供たちも私たちに合わせておおはしゃぎ。(おおげさな家族やねー)



アイルランドの南端に位置する「キンセール」はコーク県の有名なリゾート港町です。アイルランドでも人気のある場所で観光が盛ん。外国人も住んでいたり、別荘を持っていたりしてちょっと高級感漂う町でもあります。

港には漁船よりも圧倒的に「クルーザー」や「ヨット」の数が多く、三本マットの木製の船なんかもよくあったりするんです。



パシリー達が住んでいた家は小高い丘の上にあったので、いつも窓から海と通過する船なんかをみていました。(今考えるとなんて贅沢な場所なんだろう。。。)



ちいさな町なのでテレビで紹介された所は全てなつかしい行きつけの場所で、夫としみじみ「なつかしいね、あそこに住んでたんだよね。。。」

と鑑賞いたしました。



他にもアイルランドの海岸沿いの町が紹介されましたがメインはキンセールだったので、司会者が入った「パブ」はパシリーたちの超いきつけ!「ブルマン」というパブでした。

びっくり、なつかしい。。。家から歩いて1分の「ブルマン」。ホントよく行ったんです!店のステレオが壊れていた日には、アイルランド人がアカペラで歌を歌いだし、友人のバスク(スペイン)人と日本人のパシリーも自国の歌をアカペラで歌ったりして。。。なんとも思い出深い場所。

2階がレストランで、パシリーの母も遊びに来た時行ったよね。(パシリーは長女出産直後だったから一緒には行かなかったけど。)

あー、なんともなつかしい。夫もパシリーも大好きな町でした。

出産後は同居していた友人もスペインへ行く。ということになり、パシリー達も日本へ行く事にしたのでキンセールを離れることに。

パシリーはアイルランドに住んでもいいなと思っていたけど夫は日本に行きたいと強く思っていたので。

まあ、3人同居でみんな仕事してたから払えてたけど、家賃は1000ユーロちょっとでした。(13万円+!高!)

なので、二人になって子供もできたので、どちらにしてもあの家には続けて住めなかったけどね。



あー、なつかしかった。また行きたいなあー。と心から思ったパシリーでした。



アイルランドはパシリー達にとって「忘れられない思い出の場所」なので、いつか子供も一緒にゆっくり行きたいと思っています。



静かで、友好的で、情緒あふれる国へ旅行をしたい人にはとってもオススメです。田舎のほうなら今でも日本人に会うことは少ないし、英語圏なので英語の勉強にもオススメですね。

あ、でも「コーク」は訛りがきっついので(しかもすごーい早口)注意が必要です。

でも、パシリーがいたときには地元の人に「ここの英語がわかれば世界中の英語がわかる」といわれました。なっとく、他の地域にいくと「ゆっくり」に感じましたから。。。








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海外暮らしのきっかけ。ダブリン到着〜
さて、ダブリンに着いたパシリー。夜の8時頃でした。日本を出発してからはもう24時間以上経っています。さすがにへとへとのパシリーでしたが今からネットで日本から予約しておいたB&B(Bed&Breakfirst)まで一人で辿りつかなけれなりません。

空港の外にでてタクシー乗り場へ。緊張しましたー、一人でタクシーに乗るのは。。。もちろん英語で行き先を伝えたのですが、英語に自信のなかったパシリーは住所は前もって紙に書いておいて運転手さんにみせました。

緊張していたけどなんだかとってもいいオジサン運転手さんでパシリーはなんとか会話をしながら(ていうか相槌をうちながら。。。)目的地へと。

宿に着くとこれまた緊張。ちゃんと予約できてる?とちょっとビビリながらたずねると超早口マダムがでてきて案内してくれました。



ダブルベットのある部屋で結構広い。マダムはシャワーの使い方を説明してくれているのだけど何だか訳がわからない。何度も聞き返し、やっとシャワーでお湯を使うときは前もって天井から下がっている、まるで電灯のスイッチのような紐をひっぱりスイッチをいれて少し待つとお湯が出る。といいたかったみたい。

ややこしいシャワーだねー。マダムは、やっとわかってくれたか、という表情でしたがいやな顔もせずパシリーに説明してくれた。いい人でよかった。



疲れたパシリーはやはり日本人なので寝る前にシャワーが浴びたくなってさっそくチャレンジ。紐は10分くらい前に引っ張っておいたのに出てくるのは水。。。ツメターイ!眠気も吹き飛ぶ冷水シャワーにすでに日本の温かいお風呂が恋しい。ちょっとブルー、っていうか「なんちゅうシステムじゃ!宿のくせに!」と逆切れしつつ深い眠りについたのであります。(朝までぐっすりでした。)



長旅の翌日。それでも朝9時にはおきて食堂へ。天気も良いらしく食堂は光が入って心地よい。メニューのカードには「アイリッシュ・ブレックファースト」ってのもある!これがうわさの?メニューで一番高い朝食コースだけどやっぱり食べてみたい!ほかには、トーストとコーヒーのみ。や普通の朝食コース(シリアル、トースト、卵料理、コーヒーっていうの)もあった。



パシリーは、「アイリッシュ。。。」に挑戦!シリアルとオレンジジュースから。その後マダムがプレートとトーストを一緒に出してくれた。お皿には、目玉焼き。焼いた黒ソーセージ(もちろん初めて!これは豚の血入りのソーセージです)、ベーコン、焼きトマトスライス。これに日本のサンドイッチ用パン並みの薄切りトーストにバター。朝食にしてはすごいボリューム!だけど日本でも旅館の朝食は魚とか卵とかあるし全然食べられちゃいました。

ところで、その後出合った現夫はフランス人で朝食は甘いジャムトースト、シリアルが普通。おかず系の物は食べない習慣なのでこのアイリッシュブレックファーストも「朝は無理。。。」といって食べなかった。日本の旅館の朝食も「。。。」という感じでした。



一人で朝食をとっていたパシリーに近くで同じく一人で朝食をとっていた男性が声をかけてきた。彼は、ゆっくりとした英語を話す。どうやらヨルダン出身らしく、自己紹介してくれたのだけどどうも名前が聞き取れない。アラブ系の名前だろうけど「???」ダブリンでコンピューター系の仕事をしていて住まいはこのB&Bなのだそう。一年くらい住んでいるともいっていた。結局名前は「ジョー」。(Jordan ヨルダンだからみんなに Jo と呼ばれているらしい)

この、ジョーが良かったらダブリン案内してあげる!といってくれた。でも一人でのんきにダブリン散策したかったパシリーは「一人で大丈夫。ありがとう。」とお断り。



部屋に戻って出かける準備をすませるとさっそく街へ!と思ったら「ジョー」がロビーに。「ダブリンの博物館にまだ行ったことがなくて行こうと思うんだけど一緒に行かない?」だって。パシリー、「じゃ、博物館だけ一緒に行きましょうか」ということで結局一緒にでかけることに。



そういえば、日本に電話しないと。と思ってジョーに「日本に電話してくる」といったら「市内に国際電話用の電話やFAXなんかのサービスをしている店があって安いからいつもそこからかけるんだ」とのこと。博物館へ行く道筋にあったのでその店からかけてみた。無事に着いたよの連絡をいれ、一路博物館へ。ダブリンは「外国人」がとっても多い。こういう電話サービスやインターネットカフェも多いらしい。



博物館へ。パシリーはあまり博物館とか美術館とか行かないのでどんなものかな?と興味があったけどどうやらここはアイルランド歴史博物館らしく中世の衣装やら銃やら生活用品やらが展示されていた。それに、エジプト展もちょうど行っていたらしくエジプトコーナーもあった。英語で説明してくれるガイドの人もいたけどパシリーの英語能力では半分も分からず。。。

ジョーもせ説明してくれるけど、あんまり歴史が得意でないパシリーはちんぷんかんぷんでした。思い起こしてみると、パシリーはあまりこういう博物館とか科学館とか好きじゃないみたい。



ともかく、ぐるりと1周。外に出ると朝市が開かれていたらしく道沿いにいろんなテントが。でも昼過ぎだったのでみんな店じまいらしい。残念!こういうのの方が好き!なパシリーでした。



ジョーはいい人だとは思うけど、やっぱり知らない人だからずっと距離を置いて歩いていたのだけどなんだか気づくとすぐ近くにくっついてくる。

なんだかイヤーな感じ。肩を触ってきたり、手が空いていると手をつなごうとするからジョー側の手に物を持って防御!まだ、一緒についてくるので「疲れたからもう帰る。」というとやっぱり一緒についてきた。宿に戻り、「もう一度寝る。」といって部屋に戻る。眠たくなんかないし街に散策に行きたいのですぐに部屋を出てさっさと一人でもう一度街へ。宿は「セント・ステファンス・グリーン」という大きな公園のそばで街の中心にあった。

公園を横切り一人でなんだか自由な気分。



大きなデパートに入ってみた。日本より規模は小さい感じだけどやっぱり楽しい。スリッパをもってこなかったので代わりになりそうな『サボ』を発見し購入。夜ご飯は一人でレストランもなー。と思っていたし「ジョー」に誘われてもいやなのでサンドイッチを買った。



その後、夕方までぐるりとダブリンを散策。知らない街ってなんだか楽しい。土曜日だったのもあり通りはスゴイ人通り。7時頃教会のミサが始まるらしく鐘の音か鳴り響く。教会へ向かう人々の流れができ、ついつい流れにのって教会まで来てしまった。きれいだなーと中にもはいってみる。日本人できっと目立つので一番後ろのはしっこで立ってミサに参加(参加してもいいものか迷ったんだけど。興味が。。。)

みんなは立ったり座ったり歌を歌ったりを繰り返している。そのうちみんな隣の人に握手をしはじめた。パシリーの隣の人もパシリーに握手を求めてきたのでみんなのするようにしてみた。何にも知らないパシリーのところに小さな布製の袋がまわってきた。見ているとみんなお金を入れているみたい。賽銭みたいなものだね。パシリーも小銭を入れて隣へまわしました。



ミサが終了しみんなの流れにのって外へ。

なんだかとーっても不思議な体験でした。すごくすがすがしい夕方だったのを今でも覚えています。



宿にもどり、ガイドブックなんかを見ながらサンドイッチをほおばる。「。。。あんまりおいしくない。」まあ、仕方ないか。2日分しか宿を予約していなかったのでこれからの予定を練る。



続きは、またね。






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海外暮らしのきっかけ。
アイルランドに1ヶ月の旅に出たはずが今もこうして海外暮らしのパシリーです。



今回はその旅のきっかけを。。。



一人になってみたい、一人旅をしてみたい。というなんともあいまいな夢を実現するべくパシリーが向かったのは「アイルランド」でした。

6年も働いた花屋をやめて一人旅にでようと決めたパシリー。実は、最初フランスがいい!と直感で思ったものの、英語もできないのにこの聞いても聞いてもさーっぱりわからない宇宙語「フランス語」を話せるわけがないということで英語圏をターゲットに。

アメリカがなぜだか魅力的に思えないパシリーはイギリス中心に情報を集めはじめました。でも、イギリスって物価も高いし日本人も多いし。。。ということで「うーん。」で見つけたのがアイルランド!物価もさほど高くないし、(今は高いですよー。要注意!)日本人も多くなさそう。マイナーだけどマイナー好きなパシリーにはもってこいだわ。ということで決定!



本当は、ただの一人観光旅行でいいって思ったんだけど滞在先も連絡先もわからない気ままな放浪の旅では両親の許しが降りそうになかったのもあってホストファミリーの家に住むことにしました。英語はもっと話せたらいいけど仕事にするつもりもないし学校は午前中だけのコースで。午後も週末もフリーだから旅にも出れるしね。そんなこんなで旅の準備ははじまりました。



2000年10月13日、この日の事を忘れることは生涯ないというくらいパシリーにとって大事な日です。

朝、名古屋空港まで両親に送ってもらいパシリーにとって2回目の海外旅行、初めての一人旅にでたのは25才の時のことです。ちなみに初めての海外旅行は双子の姉との二人旅。英語も話せない二人組みがオーロラを見に、そしてスキー、スノボをするために単独で『スウェーデン』の山奥へ。

(この旅の話はほんとに面白おかしいのでまた別の機会に紹介します!)



飛行機に一人で乗るのも初めて。英語のレベルは中卒レベル。(それでも、旅に出ると決めてからの数ヶ月は猛勉強しましたが、それでも中卒レベルでした。。。)でも、「なんとかなるって!」なんてのうてんきなパシリー。

東京からロンドン行きの飛行機に乗る頃なんだかやっと実感が湧いてきてちょっと、ソワソワ。でも、不安というよりワクワクして落ち着かないって感じでした。

その時付き合っていた彼とあまりうまくいってなくて、少し距離を置いてみたかったパシリーは最後に「彼からメールきてないなー、送りにも来てくれなかったし『やっぱり、もうおしまいにしよう』」と別れを心に決めて、携帯の電源をオフに。

ちょと悲しくなったパシリーを乗せて飛行機はロンドンへと向かいます。



ロンドン着。13時間のフライト中は英語の勉強をしていました、だってこの飛行機から降りたらあとは日本語通じないんだから。。。

着いてすぐにロンドンーダブリン(アイルランドの首都です)への乗り換えはどこに行くのかな?とウロウロ。

多くの日本人はロンドンが最終目的地だから入国手続きに向かっていきます。結局パシリーも「きっとここで入国手続きするんだな」と考え入国。

どきどきの入国審査では「ダブリン行きの為、乗り換えのために入国したい」とか何とかいったのを覚えているけど相手にちゃんと通じたのかは不明。

その後、東京ーロンドン間で使ったJALのカウンターに助けを求めに。。。だってどうしてもどこからダブリン行きが出るのかわからなくって。時間もあまりないしとりあえず日本人!と駆け込んだカウンターで男性職員が対応してくれました。

このおじさん、パシリーの搭乗券を見ると大急ぎで(パシリーには説明もなく。)一人の女性職員を呼びました。おじさんが言うには「ちょっと、この人乗り継ぎだけど時間がないから君、搭乗ゲートまですぐ一緒に行ってあげて!」だって。

えーだってまだそこまで時間ぎりぎりじゃないはず。。。と思ったパシリーにこのグランドホステスのおねえさん「珠代さん」(名前、忘れられないんですあんまり親切にして下さったから。。。)いわく、「ヒースローは凄く広いんです。ダブリン行きは通常バスで搭乗ゲートまで移動するんですが、それではもう間に合わないから走って行きましょう!」って。「えー!!!」絶句している間もなく走り出した珠代さんに続き走るパシリー。でもスーツケース持ってですよ!珠代さんが他の手荷物は持ってくださって。(ほんと、親切!)

走りましたー。すごーい走った感じ。やっと目標の搭乗ゲートへ。荷物もなんと搭乗ゲートから直接持ち込み。なんかね、通路の壁に蓋つきの穴があってそこから滑り台みたいにビューンって下に送ってました。

珠代さんにきちんとお礼も言えないまま慌しく機内へ。もちろんパシリーが最後の乗客で全然待たずに飛行機はダブリンへ向けて飛び立ちました。



「珠代さーん、このご恩は忘れません!ありがとうございました!」



ほんとに、最悪の思い出だけどこのときの事を思い出すたびちょと吹き出しそうになるパシリー。



いっぱい走ってヘトヘトなパシリーは機内で一休み。でも1時間にも満たないフライトなのですぐにアイルランドへ到着なのでした。



さー、ここからは本当に一人。もう、JALのおねえさんもいないんだし。



「アレ、ここ首都ですよね。」てくらいこじんまりしたダブリン空港で入国審査。審査なんてことはなく素通り?「え、何も聞かないんですか?」

なんでもヨーロッパ内の移動はこんなもんらしいと後からわかったパシリーです。

さて、ダブリンについてからのお話はまた今度!お楽しみにー。
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